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渡辺香津美デビューまでの生い立ち

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誕生
1953年(昭和28年)10月14日、東京渋谷にオギャーと生まれました。
絵に描いたような赤ん坊。まだこの頃は将来ギタリストになって世界を飛び回るとは、誰も思っていません。

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両親と
父と母に抱かれ、健やかに微笑む幼子。当時は「写真館」で、折にふれて家族の記念写真や行事を撮影する習慣がありました。
両親のファッションがとってもレトロです。

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両親と
夏祭りの記念ショット。浴衣姿で満面の笑みを浮かべるパパとママにつられて、カズミ少年もニッコリ。両親は屋台の焼き鳥、僕はクルクル回る綿菓子とハッカパイプが楽しみです。

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僕の父、渡辺和夫
1977年6月「オリーブズ・ステップ」のレコーディングを始める前日に亡くなりました。
アルバムに収めた「リトル・アップル」という曲は、彼が丹精込めて育てていた「姫りんご」の木をイメージして作曲。
終わるまでメンバーにも告げられず、悲しい思いをギターにぶつけました。

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幼少のころ
目線の先に何かを見つけて、はしゃいでいるバビちゃん(カズミの子供時代のニックネーム)。大好きな近所のワンちゃんがいたのかな?
この写真を見るたび、母親から「この頃はみんながあなたを振り返ったものよ」と言われました。毛糸の帽子がキュート。

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よっ小若!
祭りだ祭りだワッショイワッショイ。
今につながる僕の「お祭り好き」は、既にこの頃に萌芽が。豆絞りのバンダナを決めて、いざ出陣!
向かうのは渋谷の宮益坂にある「御獄神社」です。

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子供時代
弟のキヨヒコ君と写真館で記念撮影。60年代当時のファッションといえば「アイビー」と「コンチ」。僕はどちらかというとイタリアンコンチネンタル派でEDWARD'Sご用達。
それにしても修正かかっているのか、髪もお肌もツルツル。目線がビミョー。

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子供時代
渋谷の実家で飼っていたマルチーズの「バビ」。
実はこの名前って、僕の子供の頃のニックネーム。
ディズニーのアニメ映画「バンビ」が大好きだったけれど、バンビと発音できずに「バビ、バビ」と言っていたらしく、それを付けられました。

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子供時代
これから「修学旅行」に出かけようという朝。前夜は興奮して眠れなかったらしく目が腫れてます。荷物少ない(笑)
ガラスに貼られた洋モク(外国タバコ)のステッカーがCOOL!

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子供時代
「それでは行ってきます」と、実家のタバコ屋の店先で弟とお婆ちゃんにご挨拶。
それにしても国産から輸入煙草まで色んな銘柄を取り扱っています。
近い将来左上のディスプレイのガムの景品で、ギターをゲットすることになるとはよもや知りません。

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子供時代
読書するのは好きでした。
当時のお気に入りは、ドイツの作家エーリッヒ・ケストナーの「ふたりのロッテ」。
そして何と言っても、江戸川乱歩の「少年探偵団」。
シリーズ単行本を何冊か買うと応募できる「BDバッヂ」を集めてました。

06

子供時代
1963年(昭和38年)講談社から発刊されることになった「新世界文学全集」の新聞広告に抜擢!
読んでいるのは「十五少年漂流記」。とっても真面目そうでしょ(笑)
ところで後ろの棚に並んだ「口曲がりヒョウタン・瀬戸物の寝狸・木彫りの熊」・・・これって実は父のコレクション。

01

小学5年生 ピアノを習っているころ
見目麗しいピアノ教師、ミチコ先生。
普段は優しいけれど、レッスンとなると厳しかった記憶が。いやそれもこれも僕の練習不足。
現在もお元気に画家、書家として活躍されています。

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小学5年生 ピアノおさらい会
「ピアノおさらい会」のプログラム。第三部に堂々登場しています。
だがこの時の演奏が、初っぱなからとんでもないハプニングになったのは・・・!?

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小学校の入学式
晴れの舞台に、和装でビシッ!とキメた母親。
僕はというと、ピカピカの金ボタンに大きめの学帽が、誇らしくも照れくさい・・・ちょっとしかめたお顔はそんな理由から。

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1964年 小学6年生 独学でギターを始めたころ
ベンチャーズ、寺内タケシをコピー。ギターは「ガムの景品」で手に入れたYAMAHA Dynamic Guitar。ルックスはクラシック、弦はスチール。弦高が高くて指が痛くなったが、それもまた修行。

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1966年 中学1年生の時のピアノの発表会
会場は東京文化会館小ホール。
僕の課題曲はミーチャムの「アメリカン・パトロール」。
前奏を始めて「何か変???」と思ったら、鍵盤の位置を間違えて1オクターブ下にずれて弾いていたのです。おかげで恥ずかしくて、同じ発表会に参加していた、ちょっと気になる女の子に声もかけられず・・・

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1966年 中学2年生 バンドを作ったころ
渋谷・宮益坂にあるサイトウ楽器のギター教室へ行き始める。
暁星中学の仲間を集めてバンドを結成。構成は勿論ベンチャーズと同じ、リードギター、サイドギター、ベースにドラムの4人。

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1966年 中学2年生 ギター教室の発表会
ギター教室の発表会に出演。バンド名は「ザ・ブレーメン」(グリム童話《ブレーメンの音楽隊》から)。演奏したのは「運命・バラバラ(レインボーズ)・君といつまでも」。
この日が「アドリブ」初体験。

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1967年 中学3年生 自主コンサートの楽屋で
「ザ・ブレーメン」のレパートリーもエレキからニューロックへ。
ファッションもアイビーからモッズへ。

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1968年 高校1年生 ジャズギター教室へ
ジャズギターの師匠、中牟礼貞則氏のところへ週に1回通う。
後ろの棚にはスイング・ジャーナル。
オリジナル曲も作り始める。

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1968年 高校1年生 スタジオでの自主ライブ
ジャズギター教室へ通っていた、恵比寿ヤマハのスタジオで暁星の仲間とライブ。
この頃はジャズやボサノバもレパートリーに加える。

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1969年 高校2年生 ピアニストの今田勝(p)さんと
新宿のライブハウスで今田勝クインテットに入団。
オーデションのつもりがプロデビュー初日になりました。
この映像はそれから暫くして念願のボブソンレスポールカスタムを手に入れた頃。
リアピックアップでハイポジションBb13のコード。アンプはフェンダー。